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関谷直人
同志社大学神学部
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「日本語で福音を聴くということ」
元パイン教会日語部牧師 関谷直人
つい先日のこと、私とは赴任時期が異なるタイミングでベイエリアの日系教会(シカモア組合教会)で日語の牧師をされていたM牧師(現在は私の務めている大学の「キリスト教文化センター教員)と食事をしていたとき、話は自然と日系教会の話になりました。日語の礼拝に来られている皆さんは大抵アメリカでの生活も長く、英語の環境で生活をされておられたので、英語でのコミュニケーションには不自由をされない方が多かったはずですが、それでも日曜日には英語でではなく、自分たちの「母語」である日本語で礼拝をしたいという思いで皆さんが集まってこられていたのだなぁ、とそんな話をしました。
この「母語」という表現は日系教会に特徴的な表現だと思います。実はこれは大変正確な表現であって、アメリカ国籍の方にとっては「母国」はアメリカですから、その方にとっての「母国語」は英語ということになります。しかし、「母語」というのは、自分たちにとって一番自然でなじんだ言葉であり、つまりは魂の言葉ということなのだと思います。ですから、日系教会において、神様の言葉を魂の奥底で聴き、受け止めるためには、どうしてもその魂の言葉である「母語」、すなわち日本語で聴く必要があったのでしょう。
パイン教会で日語の牧師をしていたときに、何人かの教会員と一緒に、ある高齢の女性の信徒の方を病院に訪れたことがありました。長年アメリカで働いてこられた方でしたので、日常的なコミュニケーションは基本的に英語でされてこられた方でした。ただ、高齢で病を負っておられたために、こちらの言葉かけにもほとんど無反応な状態でした。それでも、せっかく来たのだから、と私たちで讃美歌を歌おうということになり、一番なじみのあると思われた"Jesus Love Me"が選ばれました。基本的に英語でコミュニケーションをされてこられていた方でしたので、私たちはその讃美歌を英語で歌いました。2番まで歌ったところで、一緒に来られていたうちの一人であったKさんが「日本語でも歌いましょうよ」と言われたので、最後の節は日本語で「主、我を愛す♫」と歌おうということになったのです。驚いたことに、私たちが日本語で歌い始めると、それまで全く無反応だったその女性が、小さな声で私たちの声に合わせて、讃美歌の歌詞を口ずさんだのでした。
これは、どんなに長い間アメリカで暮らしており、その方にとっては英語が生活の中心になっていても、かつて若い日に自分が歌った「母語」の讃美歌は、この女性にとっては、なお魂を揺り起こすような力を持ち続けてきたのだ、と思わされた出来事でした。
日語部に求められる働きは多様です。しかしながら、その中心には常に礼拝があり、そこに集う人々が、自分たちの「母語」で聖書の言葉を聴き、神様を賛美する「場」を提供し続けることの大切さは変わらないでしょう。私たち日語部に対する神様の変わらぬ支えと導きを共に祈りたいと思います。
9月13日(土)午前10時 日語礼拝 聖霊降臨節第十三主日
ゲストスピーカー:大森照輝牧師
聖書箇所:マタイによる福音書8章23-27節
説教題:“眠るイエス”
讃美歌:546番「聖なるかな」
217番「あまつましみず」
308番「いのりは口より」
奏楽者:三浦るり子
Noriko Goto will participate
in the San Francisco Open Studio
September 20, 11am to 5pm
September 21, 11am to 5pm
1654-32nd Ave., San Francisco
California 94122
email address
katatsumuri23@gmail.com
Phone: 415-810-0741
Webpage:
https://norikoart.studio/
https://norikocard.studio/
Tomodachi Hiking, Land’s End, July 12, 2025
寒い夏
今別府 実
宮沢賢治の「雨にも負けず」の中に「寒さの 夏はおろおろ歩き」という箇所が有りますが、 小学校5年の国語の時間に初めてこの詩を聞いた 時に、どうしてもここの部分がわからないでした。 春と秋は涼しくて、冬は寒い。そして、夏は暑い という固定観念があったからですが、夏に寒くな ると稲の育ちが良くなくて、農家の人達は意気消 沈して、おろおろ歩くようになるというのを知っ たのはずっと後になってからでした。自分も農家 出身で親が稲を含めていろいろな作物を栽培して いて、作物がどれだけ天候に左右されるかという のは経験を通じてわかっていましたので、これで やっと納得出来ました。
サンフランシスコの夏は近くの太平洋を流れる 寒流の影響で、霧が出やすくて寒くなるのが普通 です。以前にアラスカから来た人がこちらの寒さ に驚いていました。マークトウェインは「私が過 ごした中で最も寒い冬は、サンフランシスコの夏 だった」という名言を残しています。
今年の夏はサンフランシスコはいつもよりももっ と気温が下がって7月には20度を超えることはほ とんど無いでした。8月になってからいくらか気 温が上がっていますが、7月末まで朝起きると先 ず部屋のヒーターをつけました。 サンフランシ スコ国際空港の今年(2025年)5月、6月の平均気 温は1965年以来の低さだったと地元の新聞には 載っていました。
気温が例年の夏よりも低いのは上空に高気圧が長 い間停滞していない為に、太平洋から冷たい風が 陸地に入って来ることに起因しているらしいです。 気温が低ければ酷暑よりも過ごしやすいですが、 特にそれを感じたのは7月12日(土曜日)に友達の会 主催のハイキングに行った時でした。7人で市内の 33番通りに有る教会の所から右手後方にゴールデ ンゲートブリッジを見ながら、海づたいにサンフ ランシスコの西端ランズエンドまで歩きました。 途中2回の休憩を含めて2時間弱かかりましたが、 寒い夏のおかげで汗が出ることもなくて、和気あ いあいと午後を楽しむことが出来ました。
これも良し冷夏の中のハイキング
25年以上各種のプログラムにご参加下さり
パイン恒例バザーには毎年ご奉仕ください
ました。
詩、俳句、短歌と多彩な今別府 実さんの
ご投稿です。
向後善之
「南京事件を調査せよ」 清水潔著 文春文庫
目立たず地道だけど、とても大切な仕事をする人がいるものです。例えば、南京攻略戦に参加した兵士たちの日記を集めた小野賢二さんです。彼は、歴史の専門家でもない「化学労働者」です。小野さんは、会津若松で編成された「歩兵第65連隊」、「山砲兵第19」の兵士たちの日記を集めました。その数31冊、うち26冊分はコピーで5冊は現物であり、立派な一次資料です。連隊
この複数の日記には、複数の人たちが、1937年12月16日、数のばらつきはありますが、5000人前後の捕虜の殺害を記述しています。銃殺するのですが、死にきれていない人に対しては、銃剣でとどめを刺したと書いています。そして、次の日以降も殺害は続いていきます。
著者は、これらの日記を丹念に読み、様々な証言者に会い、当時の記録(日記やスケッチや録音)をあたります。また、南京を訪れ、虐殺の写真とされる現場を特定します。そして、その写真が、日記と矛盾がないこともわかります。
そして3メートルの高さにもなる死体の山が出来上がったとの証言があり、それがどのようなメカニズムで出来上がったのかを突き止めます。そのメカニズムは、ショッキングなものです。
著者は徹底的に一次資料にこだわって取材をします。伝聞のみで論理を組み立てることをしません。77年経った取材時になんとか一次資料を見つけ、証言者を探し出し、裏を取っています。池上彰氏が解説で書いてますが、これが「調査報道」だと言えます。
僕は、この本を読んで、もし僕が一兵卒で、上官から命じられたら引き金を引くだろうかということを考えました。引き金を引かない勇気を僕は持てなかったかもしれません。そのことを考えると暗澹たる気持ちになります。
では、上官だったらどうだろうとも考えました。上官ならば、命令しないこともできるはずです。でも、それができるかどうか、自信はありません。
でも、もし、今後同じような事態が起き(絶対起きてはいけませんが)、僕が上官だったら、たとえ処分を受けても虐殺を命じない勇気を持たなければいけないでしょう。そのような勇気を持てるかどうか・・・。
多くの戦争には、あるいはほとんどの戦争には虐殺が伴いました。中国も日本人の虐殺をしたようです。ベトナム戦争のアメリカ軍によるソンミ村の事件があります。東京をはじめとする大空襲だって原爆投下だって大虐殺とも言えます。もちろんナチスによるユダヤ人の虐殺、スターリンによる大粛清なども虐殺です。
僕には、なぜそうした虐殺が起きてしまうのかという「心理」に最も興味があります。それは、ハラスメントやいじめにも、同調圧力にも通じるものだと思います。
南京大虐殺があったということは、この本を読んで僕の中で揺るぎないものになりました。
そして、「人は、なぜ、そこまでいってしまうのか」について考え続けていきたいと思います。
向後善之
1997年から2001年までサンフランシスコに留学していました。
その際に、パイン教会の日語部の皆様には随分と励まして頂きました。
今は東京で心理カウンセラーをしています。
カウンセラーとしてのご活躍のみならず数多くの著作が出版されて おられる向後さんのご投稿です。
サマーキャンプで他の隊と競争するリレーレース。
サマーキャンプでのロッククライミングのクラス。
スカウトは大体毎月1泊2日または2泊3日の予定で片道5キロから6キロを歩いてのキャンプに挑戦している。
ダニエルさんはイーグルスカウト後引き続きスカウト活動を支えており、Troop 12 と共に参加している桜祭りの基金集めはパイン教会基金集めの多大な貢献となっている。
隔週水曜日の犬の散歩コース、"今年も私たち咲きました“と言っているかのように 毎夏同じ場所で私たちを待っていてくれる白い花々。アサガオに似ているのですが どなたか此花の名をご存知でしょうか。
そして金曜日のコースでは、この山羊の群れが "また戻ってきたよ”と毎年この時期に この小さな草原へやって来て2週間程滞在?していきます。 2匹の番犬たちをお供に、ちょっとしたキャラバン隊です。
和美さんご夫妻初めて”友達の会”に参加されたのはゴールデンゲー
トパークで“友達の会”が行っていたピクニックでした。
その後和美さんご夫妻はサンノゼ方面に居を移されておられます。
暑すぎる京都の夏でしたが、嵯峨野嵐山を散策してきました。
祇王寺のお庭
嵯峨二尊院門前
竹林の小路
嵐山にて
投稿者多恵子さんは1992年から“トラベル東京”旅行業務オフィスをサンフランシス
コのダウンタウンに開いておられました。
2022年の春からは日本の静岡県伊東市に移住、旅行業務も縮小し現在は海外からの
訪日客の応対などとともに引き続き予約業務にも対応されています
9月号より教会の秘書ケンさんがニュースレターを担当します。