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1887年-1886年
全米日系キリスト教会の母体 - 日本人福音会  
穴蔵時代

 

1877~1886年
 
1877年   
10月6日:日本人福音会、ワシントン街916番の中国人メソジスト伝道所地下15号室で発会式挙行。
 
1886年   
春:福音会、会員増加、事業拡張のため隣家ワシントン街920番へ移転。   
9月:加州メソジスト年会で日本人福音会を日本人伝道所として承認、   
M.C.ハリス博士を日本人伝道事業の監督に任命。   
11月:ジェッシー街531番の中央メソジスト教会牧師館と日曜学校教室を長期借り入れ同所に移転。英
和学校の全身の夜学校も開校。   1886年から1888年まで3年間、毎年12月に教会と福音会共同   
の基金募集のための日本商品を販売、ジャパニーズ・バザーを開催。

1889年     
大リバイバル運動勃興、太平洋沿岸日本人の伝道心旺盛、各地日本人メソジスト教会の基盤を確立。

1890年  
9月24日:ハリス博士、日本人教会堂建設のため、補助金5千ドル支出をメソジスト年会に要請。承認を得、
同時に伝道所も昇格、日本人美以教会となる。12月:これまで同居していた福音会が分離、近くのゴールデ
ンゲート街118番へ転居。

1892年 
8月:教会堂建設敷地としてパイン街1329番地の土地購入。

形成時代:
1894年~1906年

1894年 
8月26日:パイン街1329番地の会堂敷地で定礎式挙行。

1900年  
加州メソジスト年会の一部として太平洋日本人年会発足。
10月13日:教会内にエポース青年会設立。

1904年  
青山学院創立者の一人、ミルトン・ヴェール博士、東京より来着、従来の教会夜学校を拡張、昼夜授業の美以
英和学校と改称、その校長に就任。美以教会婦人ホームをブッシュ街1241番(教会と背中合わせの 場所)に
教会付属として開設。

1905年  
9月:婦人ホーム、パイン街2025番へ移転。

大震火災・再建時代:
1906年~1908年

1906年
4月18日:サンフランシスコ大震火災で教会堂全焼。
4月20日:教会、パイン街2025番婦人ホームの地下室へ移転。
4月27日:教会、婦人ホームの向かい側、パイン街2012番は移転。
5月1日:美以英和学校、パイン街2012番で再開。

1907年
8月:美以英和学校、ポスト街1538番へ移転。
10月:地震前の隣接地、パイン街1359番に会堂再建を発表、募金着手。

1908年  
12月6日:パイン街1359番新会堂敷地で定礎挙行。

1909年-1965年の教会堂  
発展時代

 

発展時代:
1909年~1941年

1909年  
2月23日:美以英和学校、新会堂内で授業再開。
2月29日:教会、パイン街1359番の新築会堂に移転。
4月18日:教会献堂式挙行。

1910年
6月17日:美以英和学校第一回卒業式挙行。卒業生9名。

1914年  
11月:牧師館兼寄宿舎建物鍬入れ式挙行。

1915年 
4月:牧師館兼寄宿舎落成。

1926年  
教会40周年記念行事。

1927年  
美以英和学校廃校。

1935年  
パイン街2025番美以教会婦人ホーム閉鎖。同建物を教会教育館と改称。

1940年  
太平洋日本人伝道年会を太平洋日本人年会と改称。教会名をサンフランシスコ日本人メソジスト教会と改称。

1941年  
12月7日:日米大戦勃発。

立ち退き・転住時代:
1942年~1945年

1942年
4月:日系人立ち退き命令のため教会閉鎖。教会主任後藤太郎牧師、タンフォラン集結所内キリスト教合同礼
拝の青年部長に選出。
9月/10月:トパズ転住所(ユタ州)宗教連合協議会結成。後藤太郎牧師議長に選出。

帰還・再建時代
1946年~1965年

1946年 
1月:教会再開。一月第一日曜より英語礼拝開始。
4月7日:日語礼拝開始。
9月1日:日曜学校開始。

1950年 
最初のフルタイム二世牧師、ロイド・和気牧師が年会によって任命 され、この年より教会役員会も二世によって構成
される。

1953年 
自立・無補助教会となる。

1956年 
牧師館として第46アヴェニュー1966番の家屋購入。

1962年
1月:教会移転敷地として第33アヴェニュー426番の土地購入。

1964年 
6月:太平洋日本人年会解散、カリフォルニア北部及び中部の日系人教会は以後カリフォルニア・ネバ ダ・メソジスト年
会に合流。教会名をパイン・メソジスト教会と改称。

新教会時代:
1965年以後

1965年、新しい教会堂鍬入れ式  
鍬入れ式

1月10日:33アヴェニュー426番新敷地で鍬入れ式挙行。
12月19日:新築会堂献堂式挙行。

1966年  
現在の教会堂での最初の礼拝  
1月16日:新教会堂で最初の礼拝挙行。
33アベニュー 

1967年
7月:白人牧師、メル・サダース牧師が任命され、パイン教会が人種的にも文化的にも門戸を解放した教 会になって行こう
とする方向性の意志表示が成された。

1968年  
教会名をパイン合同メソジスト教会と改称。牧師館として第33アヴェニュー439/441番の建物購入。

1972年  
パイン教会が日系人教会を止め、より大きな社会の中に受け入れられていこうとする試みが、現実として難しいことが次第に
はっきりとし、教会もそれを認識するに至る。水野二郎牧師がバイリンガルの牧師と して、パイン教会英語部と日語部両方の
牧師として任命される。

1973年  
11月18日:現教会堂購入借り入れ金完済。抵当証書焼却式挙行。

1986年 
10月5日、11日、17日、百年祭祝賀行事挙行。

1992年  
7月より日語部牧師はパートタイムとなる。

1998年
全米の日系教会での日語部の存続は現在、非常に困難な状況下にある。そのような中、パイン教会は日語部 フルタイム牧
師獲得にむけ努力中であったが、近い将来それが実現する状況となった。
1998年7月1日
西村篤牧師、日語部フルタイム牧師として着任。

2006年6月
浪敦子牧師、日語部フルタイム牧師として着任。
10月8日:120周年祝賀行事がRadisson Miyako Hotelで行われた。

2009年4月
世界的傾向にある教会存続の難しさが顕著となり、日英両牧師がハーフタイムとなった。

2011年10月25日
近藤誠牧師、日語部牧師として着任。

2016年4月末
近藤誠牧師、日本へ帰国